2007年11月09日
中国茶評論家・工藤佳治
――中国の人も贈り物好き
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中国の人たちも、日本人と同じようにけっこう「贈り物好き」である。
旅に出てのお土産はもちろん、だれかを訪ねる時でも手土産を持参することが多い。セレブになると、日本では想像もできないくらい桁違いのお土産がある。香港や台湾の企業グループの経営者などは、数十万円のお土産など普通に考える人もいる。ブランド物あり、有名作家の陶磁器あり、私たちの感覚では驚くものも多い。別に贈賄などの見返りを期待しないでも、この額は気にも止めない。
一般人でも「贈り物」の習慣はある。象徴的なのは、以前にも書いた「月餅」である。「月餅」は、中秋に家族が集まり食事をする時に、月を目出ながら皆で楽しむお菓子である。その中秋の1カ月くらい前から、知人、親戚、お世話になっている人、仕事の関係者、上司、学校の先生、いろいろな人に「月餅」が贈られる。それを目指して、レストラン、ホテルをはじめ、ハーゲンダッツなどのアイスクリーム店やスターバックスなどのコーヒー店までもが、予約販売を含め一斉に売り出す。ちょうど日本のお中元、お歳暮と同じ感覚である。
すごい量が贈られる。まわりまわって、自分が贈った「月餅」がまた自分のところに戻って来たなど、昔日本にもあった笑い話が今も中国では「月餅」の時期に話題になる。
贈り物としての「月餅」である。それゆえ、少しでも立派に見えた方が好まれる。有名ホテルなどが、豪華パッケージ、陶磁器やお酒などと組み合わせたセット商品などを売り出すのも、自然の成り行きである。あまりの派手さに、一昨年であったか、上海では条例が出された。「お金をかけたパッケージ」を禁じたのである。そうでもしないと、天井を知ることがなくエスカレートするからである。「贈り物は見た目」も大切だ、と中国の人の多くは考える。豊かな時代に入り始めた中国で、豪華なパッケージは、売る方も買う方も必須アイテムになっているようだ。
お茶の世界でもこの動きは、当然のことながら見受けられる。というよりも、加速されている。
お茶の一般向けの包装は、以前は紙であった。紙袋より前は、四角い紙。紙を広げてお茶を置き、古い時代の薬の梱包のように折りたたみ、上部を折り込むように止めた。今はほとんど見なくなったが、古い茶舗などではこだわって続けているところもある。そして紙袋が主流になる。
10年少し前からは、アルミ袋が現れた。内側に薄くビニールが塗られ、熱で封をすることができる日本でもおなじみの「ブリスター」と呼ばれる袋である。今は、ほとんどこれに替わっている。
古い時代からブリキ製などの「缶」は使われてきたが、しだいに減ってきている。世界的に同じである。紙製の缶ないし箱が主流になってきて、贈り物用などには、この箱に直接お茶をいれるか、ブリスターにお茶を入れ、それを箱に入れるものが出てきた。それに伴って、箱・缶のパッケージデザインが論じられるようになった。ちょうど8~9年前のことである。中国でテレビ、雑誌などの広告が解禁になり、普通に流れ始めた時期と一致する。
そしてここ数年、お茶パッケージがデザイン的にも多様になる一方で、お茶をいれた箱を入れる化粧箱が豪華になってきた。大きな箱、立派な箱を開けてみると小さな箱がこぢんまりと、ということも少なくない。「贈り物は見た目重視」だから当然の結果である。
日本にもこのような時代があったし、今も残っている。バブルがはじけ、「環境を考え、無駄を省く」ことが一般的になって、やっと日本は過剰包装から抜け出しつつある。
中国のお茶における豪華な包装、過剰包装。「味、香りが大切」と再認識し、実質的で魅力的なパッケージに到るには、バブルがはじけるところまで行きつかなければ無理だろうか。今しばらく時間がかかりそうだ。
次回は、「茶聖・陸羽は名編集者?」(予定)です。
中国茶メモ
金奨恵明(きんしょうけいめい・浙江省)
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「恵明茶」とも呼ばれる銘茶の一つ。恵明寺で作られていたことから、この名になった。
「金奨」の意味は、1915年のパナマ万博で「ゴールドメダル(金奨)」を取ったことがあることから後で付けられた
繊細な感じの中に、フローラルな香りすら感じる穏やかさがある。丸く豊潤な味は、後に甘さが残っていく。少しボディを感じることもあるが、飲み進むうちに甘さに変わっていく。おいしいお茶である。

